【RHEP】学校法人関西学院 平松一夫理事長~大学としてできる難民支援

紛争や迫害により故郷を追われた人たちが、日本でも大学で学び続けられるように―

日本で2007年にスタートした「UNHCR難民高等教育プログラム(Refugee Higher Education Program – RHEP)」。全国に先駆けて関西学院大学が導入して12年、参加校は全国11校にまで拡大しました。

さまざまな人たちの協力と熱意で発展してきたRHEP。この制度をあらゆる立場から支えてきた人たちのインタビューシリーズをスタートします。

第1回目としてお話を聞いたのは、RHEPの生みの親の一人、学校法人関西学院の平松一夫理事長です。

日本に逃れてきた難民を学生として受け入れ始めたきっかけは?

2004年5月、私が学長の時、UNHCR駐日副代表を関西学院大学(関学)にお招きして講演会を行った時のこと。講演後に「日本の大学が難民を受け入れてくれるようになれば・・・」と副代表がつぶやかれたのが、私の心に強烈な印象として残りました。

私自身、それまで難民の学生の受け入れを考えたこともありませんでした。でもこの言葉を聞いて、大学人として、また、一大学の学長として、なにかできるかもしれないと。まずは私自身の案として構想を練り、UNHCR駐日事務所法務部の皆さんと相談を重ねました。

 

 

そして2006年3月、大学評議会の承認を経て、UNHCRとも協定を締結し、難民を対象とする推薦入試・奨学制度を実施することが決まりました。その年末に開かれたパーティーでは、元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんをはじめ、共に議論を重ねてきたUNHCR駐日事務所の皆さん、入学予定の難民の学生の1期生たちとも会うことができました。

実現まで約3年、2007年4月に関学の正規学生として初めて、ベトナム、ミャンマーから逃れてきた難民の学生2人を受け入れることになりました。

 

周囲の反対や大変なこともあったのでは?

大学で新しいことを始めようとすると、まず反対されるか、少なくとも慎重派の意見に悩まされます。でも意外なことに、いつもは簡単には議案を通さない大学評議会が、すんなりと私の提案を受け入れてくれたんです。難民の学生の受け入れは関学の掲げる教学の理念とも一致しており、反対する理由がなかったんだと思います。

学費は大学側で負担することが決まり、生活費に関しては寄付金を募ることにしました。これも順調でした。2006年4月に開かれた関西生産性本部創立50周年の式典で協力を呼びかけ、関西の企業、卒業生、教職員などから多くの協力を得ることができました。この式典で緒方さんがJICAの理事長として「国際協力を日本の文化に」をテーマに講演され、その内容が参加者に深く響いたのだと思います。

学内で賛同を得られたもう一つの理由は、20年以上にわたり国連と培ってきた信頼関係もあります。関学では1997年にスタートした「国連セミナー」をはじめ、日本国内やニューヨークの国連本部での講義、フィールドワークに参加する夏期休暇プログラムなどを行ってきました。2004年からは国連ボランティア(UNV)と連携し、アジア初、世界で3番目に、UNVへの参加を大学のカリキュラムに取り入れています。こういった取り組みはすべて、関学を卒業した国連職員の協力で実現したもの。難民の学生の受け入れに関しても、UNHCR職員の卒業生が架け橋となってくれました。

難民の学生を受け入れるようになって、学内に変化はありましたか?

難民の学生は“関学の仲間”。自然と理解を深めようとする動きが出てきました。学生有志が難民を支援する組織も立ち上がりました。その学生たちの企画で、UNHCR職員や難民の学生、私もパネリストとして参加してシンポジウムを開催したこともあります。シンポジウムの後に学生が企画した懇親会も素晴らしい内容でした。恐るべし学生の力です。

2013年から毎年行われているのが、日本で暮らす難民の故郷の味を学食で提供する「Meal for Refugees」。2012年に入学した難民の学生が在学中に生協とタイアップして始めた企画です。難民支援協会(JAR)が日本に逃れてきた難民たちと作った『海を渡った故郷の味』のレシピを参考に、彼らの故郷の味を学食メニューとして提供。料金の一部は日本で暮らす難民の支援に使われるという仕組みです。

関学だけでなく他大学にも広がり、昨年から関学の高校でも実施されています。こうした動きを受けて、難民支援の輪はどんどん広がっています。

関学を卒業した後、難民の学生にどんな人生を歩んでほしいですか?

「社会人として、自由に生きていってほしい」というのが一番の願いです。今でも私に連絡をくれる卒業生もいます。2011年に卒業した1期生は、長くミャンマーに帰ることができなかったのですが、今は故郷で日本語教育に携わっていると聞いています。このように、日本と母国の架け橋となるような生き方をしてくれる人材が育ってくれるとうれしく思います。

もちろん、事情があって仮名を使わなければならなかったり、広報活動に協力したくてもできない卒業生もいます。ですのでこれからも可能な範囲内で、卒業後も大学やUNHCRと難民の学生たちがつながっていければと思います。

―立ち上げから12年、RHEPの今後にメッセージをお願いします。

2007年に関学でスタートして、これまで続いてきたことをうれしく思っています。関学で2人から始まった制度が、今では毎年10数人の学生にチャンスが広がった。参加校が増えることは当初からの願いでした。

今後はこれまでの実績を評価し、卒業生からもフィードバックをもらいながら、さらに優れた仕組みになるように検討を重ねたいと思います。RHEPの参加校とUNHCRが連携し、常に意見交換を行っていくことが大切です。

日本各地の大学で難民関連のさまざまな企画が展開され、難民についての理解が広まり、支援の輪が広がっていくことを願っています。

写真提供:関西学院

 

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